単純に見えるものほど、
裏側の構造は複雑だ。
「当たり前」に分類されている現象は、
しばしば“考えるのをやめるためのラベル”として機能する。
便利だが、精度は低い。
物事は本来、
もっと細かく、曖昧で、扱いにくい。
その雑さを受け止められないとき、
人は単純な物語を貼りつけて整形しようとする。
整形された世界は美しいが、
その美しさが錯覚であることは
たいてい見落とされる。
単純化は理解を助けるが、
同時に見える範囲を狭める。
認識は軽くなるかわりに、
質は薄くなる。
世界が急に平坦に感じられるとき、
それは“理解した”のではなく、
**“見えていない部分が増えた”**というサインかもしれない。
複雑さをそのまま受け取ることは、
気持ちのいい作業ではない。
だがその不快さの中に、
新しい角度が潜んでいる。
Kai にとっての記録とは、
その角度を瞬間的に掴んだ痕跡を残すことに近い。
